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逆井城跡
さかさいじょうせき

指定 県指定史跡
所在 坂東市逆井1234
概要 ・戦国時代末期の1577(天正5)年、後北条氏が築城した飯沼城。
・後北条氏の滅亡により1590(天正18)年、廃城。

状況 復原整備 〔1997年7月5日現在〕
・塁、堀がよく残っているほか、城跡公園として整備され、堀や土塁のほか二層櫓や井楼矢倉、主殿、塀などが復元されている。
・城跡内には旧大安寺観音堂(市指定建造物)、関宿城門が移築復元されている。
写真 1997年7月5日撮影


復原された二層櫓と堀。周辺は田んぼが広がっていて近代的なものが見えないのでなかなか雰囲気がいい。


駐車場から入口へ向かう。右から冠木門、二層櫓、塀、井楼矢倉が見える。
中世の城跡で建物がこのように復原されたところは少ないのでちょっと驚く。この辺りが当時の入口である大手。


航空写真は櫓などが復原整備される以前の撮影だが、堀や土塁に囲まれ
た曲輪がよく写っている。


1990年撮影 国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省


城跡の案内板。当時の様子を描いているかのようだが、実は現在の城跡
公園の状況である。


二層櫓の中に入ることができる。あちこちの城跡で見られるいかにも鉄筋コンクリート造の紛い物模擬天守とは違い、復原を意識した造りになっていて好感が持てる。






















土塁上に復原された塀と
井楼矢倉。曲輪の内側。



矢倉の上に登って景色を眺める。想像以上に見晴らしがよい。

もう一つの井楼矢倉に上って周辺を眺める。矢倉は上ってみると結構高い。中央遠方に霞んで見えるのは筑波山。


一の曲輪(くるわ)は雑木林となっている。右手の土塁上に見える櫓門の
向こうは空堀を挟んで二の曲輪に続く。
近世城郭では一の曲輪は「本丸」、二の曲輪は「二の丸」のように「~丸」と呼ばれるが、
中世城館は「~曲輪」または「~郭」と呼ばれるのが一般的。


城跡の奥まったところ、二の曲輪の端っこに城跡碑がある。

2005/03/18作成 〔郷土文化財コレクション〕
© 郷土文化財探訪プロジェクト 葉月